うわっつら

asian-sweets2006-08-15



叔母さんに行商をしていた頃のおばあちゃんの話をきいた。
東京の奥様方は見てくれの悪いまがったきゅうりは買わない。
同じ重さで運ぶ労力を使っても、曲がっているだけで、安くされてしまう、ならば、
曲がった部分で半分で切って、ぬか漬けにして売ったら高く売れたそうだ。


手作りのお餅は大好評で、多く売りたくても運ぶのに限界がある。
おじいちゃんが駅までピストン輸送で、何度も往復をしたそう。


その昔、行商とは現金獲得の意味があったのだという。


サラリーマン兼業農家で引き継いだ20そこそこの孫が
家紋の入ったちょうちんを持つ主の役目も、
お米の作り方もいつの間にかちゃんと引き継いでいる。


売っているお米は虫がつかないこと、
作ったお米は美味しいこと、食べてもらえばわかること。
色んな事を知っていた。


私は、頂いたお米も、おばさんの梅干も、柿も、栗も、当たり前すぎてわからなかった。
現金のありがたみを考えたことなんてなかった。


そう気がついたら、利益が一番!といいながらサラリーマン仕事をして
運用という名前で、現金を転がして、現金を得ている自分がとってもうわっつらのように感じた。
時代が違う。
けれども、何か気がつかされた気がした。
新聞を読んで、経済をわかったつもりになったところで、
現実に商売をしている人とは、重みが違う。
運用で得た利益は現実だから否定しないけれども、
何かココロが欠けている気がした。


幼少時、海外に住んでいたのを心配してか、おばあちゃんは、新聞の隅から隅まで読み、
外国の記事があると、わからないながらも、一生懸命読んでいたという。
私からの手紙を嬉しくて、近所の人に見せてあるいていたいたら
普通、「山形のおばあちゃんへ」とか「長野のおばあちゃんへ」とかなのに、
「日本のおばあちゃんへ」と書いてあったので、「国際的なおばあちゃんだねー」
といわれていたんだそう(笑)
私は覚えていないし、初めて聞いた話。


8月1日に、おばあちゃんが夢にでてきた。
夢で「また来よう、今度は車で」と思ったので、その通り、お墓参りをしてきた。
こういう事を伝えたかったのかな。


何をやるにも、うわっつらでなく、一生懸命生きなきゃ、と気がつかされたお盆休み。